オアシスカフェでひとやすみ

   


 

 

        「あなたのおことばどおりこの身になりますように。」(ルカ1:38)


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 クリスマスの聖書の記事は何年たってもどこを読んでも心に響きますが、その中で
毎年、私に迫って来るのはこの言葉です。まだ若い十代の女性マリヤがどのような
神様への信仰があって救い主の母になるという召命に「はい」と答える事ができた
のでしようか?
私たちの人生は、その誕生から永遠の御国に旅立つまでみな違いますが、神様の
みこころを「あなたのおことばどおりこの身になりますように」と受け入れる覚悟が
十代のマリヤが告白できたことを忘れないで歩みたいと思います。

今日は娘から送られたカナダのメイプルコーヒーを飲みながら、受託する人生について
深く考えさせられた一日でした。メイプルコーヒー

 



「家を建てて住みつき、畑を作って、その実を食べよ。」(エレミヤ29:5)

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 バビロンに捕囚とされて引かれて行った人々は、いつも、母国に帰ることばかりを願っていました。現実を見てその場所に適応することができず、常に、昔を懐かしんでいたのです。
エレミヤはそんな民に向かって「その場所に住みついて家を建てなさい。畑を労苦して耕しなさい。そして、収穫の喜びを味わいなさい。」と勧めたのです。
 私たちは今、置かれており現実よりも他の場所に目が向いていないでしょうか?忠実に
置かれている場所で今日一日をしっかりと生きることが、次の一歩につながるのではないでしょうか?秋の一日、メープルティーはいかがでしょうか?

 

 

 

 

 


   















「大雨も通リ過ぎて行った。」(雅歌2:11) 

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礼拝の朝は予想が外れて大雨でした。
挨拶の中で「予想は晴れでしたのにねー。」とちょっぴり残念そうな声も聞こえました。でも、礼拝が終わりドアを開けると、そこには、まぶしい陽の光と元気になった花々が!
 花たちに負けまいと色とりどりの傘の花も咲きました。人生の大雨も時として私たちの心を水浸しにしますが。雅歌の作者は「大雨も通り過ぎて行った」と喜びの声を上げています。小さな事かも知れませんが、傘を広げて下さった姉妹に感謝します。

 「オアシスカフェ」でひと休みなさいませんか?冷たいアイスティはいかがでしょうか?

「あなたがたは心を騒がしてはなりません。」(ヨハネ14:1)

 
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心を騒がせることは日常的に誰にでもあることでしょう。些細な事から大きな出来事まで心を騒がせながら、何とか日々を送っているのが本当の姿と言っても言い過ぎではないでしょう。そんな私たちに「あなたがたは心を騒がしてはなりません。」と主イエスはこの14章で二度語られました。心が騒いだ時、その原因を分析したり、人に怒りをぶつける前に、習慣的に主イエスの元に行きましょう。「わたしを信じなさい。」「わたしはあなたがたに平安を与えます。」とのみことばに思いを潜めてみましょう。騒ぐ心が静められて、平安のうちにおいしいミルクティを味わう余裕ができるかも知れません。「オアシスカフェ」でひと休みなさいませんか?

「神を信じ、またわたしを信じなさい。」(ヨハネ14:1)

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心の中に疑いが入ってくると、日々の生活に平安がありません。そんな私たちの弱さを神様は知っていてくださり、深く同情してくださるお方です。もし、子どもたちが何かの原因で危機に直面していたら、親はその子に、今、必要な助けは何かを良く観察して手を差し伸べないでしょうか?天の私たちの父は、それに勝って愛と助けを注いで下さるお方なのです。私たちの心が騒ぐ原因は、完全に神様の助けと力を信じきれないからではないでしょうか?「神を信じ、またわたしを信じなさい」と声を掛けて下さるイエス様に、心から「信じます。不信仰な私をお赦しください」と祈りたいものです。
 さあ、きょうは桜の下でいっぱいのカフェオレはいかがでしょうか?


「いつまでも主に信頼せよ。主は、とこしえの岩だから。」(イザヤ26:4)

SAMPLE 26:3節には「志の堅固な者を、あなたは全き平安のうちに守られます。その人があなた
に信頼しているからです。」とあります。神様に守っていていただかなければ、一歩も進め
ない自分である事を忘れる不信仰な自分であるのに、神様は深い深い同情心で私たち
を見つめ、その弱さのままで私を信じなさい、信頼することを一生の課題にしなさいと声
をかけて下さるのです。心が騒ぐ時、もう、自分の弱さを見つめ過ぎるのはやめましょう。
そして、とこしえに変わらない堅固な岩のような神様を信頼しましょう。
 今日の午後はアフタヌーンティでおくつろぎ下さい。